
転職に迷うとき、辞めたい気持ちを『不満』と『志向』に分ける — 判断の質が上がる考え方
『このまま今の会社にいていいんだろうか』——ふとそう考えて、でも決めきれないまま、また一日が過ぎる。転職に迷うと、頭の中で『辞めたい』と『いや、そこまでじゃない』がぐるぐる回って、いつまでも結論が出ません。転職サイトを開いては閉じ、同僚には言えず、気づけば数か月。でも、迷いが晴れないのは、あなたが優柔不断だからではありません。『辞めたい』という一つの気持ちの中に、方向の違う二つの力が混ざっているからです。今の場所から押し出す『不満』と、別の場所へ引き寄せる『志向』。この記事では、その二つを切り分けて、残るか動くかの判断の質を上げる考え方を、今日できる小さな一歩までお話しします。
まず結論
転職に迷って決めきれないのは、意志が弱いからではなく、『辞めたい』の中に性質の違う二つの力が混ざっているからです。今の職場から押し出す『不満』と、別の場所へ引き寄せる『志向』。この二つを紙の上で分けて書き出すと、自分が何に動かされているかが見え、残るか動くかの判断の質が上がります。
5 つの視点で、ぜんぶ具体に。
知識 → 手順 → 道具 → 景色 → 次の一歩。読みたいところから。
転職に迷って、頭がぐるぐるして決められないのはなぜ?
決めきれないのは、『辞めたい』という一つの言葉に、方向の違う二つの力が同居しているからです。今がつらいから離れたい気持ちと、あちらへ行きたい気持ち。この二つは混ざったままだと互いを打ち消し合い、答えが出ないまま堂々巡りになります。分けて扱うと、迷いの正体がはっきりします。
転職に迷う頭の中は、アクセルとブレーキを同時に踏んでいる車に似ています。エンジンは唸っているのに、車はほとんど進まない。『辞めたい』と口では言いながら決断できないのは、離れたい力と、まだ動きたくない力が、同じ強さでせめぎ合っているからです。力が足りないのではなく、向きの違う力が同時にかかっている状態なんです。
この『辞めたい』をよく見ると、じつは二種類の気持ちが混ざっています。ひとつは、今の職場がつらくて『ここから離れたい』という気持ち。もうひとつは、別の仕事や環境に『あそこへ行きたい』という気持ち。前者を押し出す力、後者を引き寄せる力と呼ぶと、まったく別の方向を向いていることがわかります。
やっかいなのは、この二つが混ざったままだと、どちらも中途半端にしか見えないことです。『離れたい』だけでは、じゃあどこへ?が抜ける。『行きたい』だけでは、今を捨ててまで?が抜ける。両方が絡まったまま考えるから、考えても考えても、同じところをぐるぐる回ってしまうのです。
だとすれば、やるべきことは『もっと強く決心する』ことではありません。絡まった二つの力を、いったんほどいて別々に眺めること。この記事では、その二つに『不満』と『志向』という名前をつけて、切り分けていきます。まずは、この二つが本当に別物だという話からです。
図解
迷いが晴れない、本当の理由
決めきれないのは、性格のせいではありません。
『不満』と『志向』は、どう違うの?
不満は、今の場所から押し出す力です。給料・人間関係・労働時間など『ここが嫌だ』という気持ち。志向は、別の場所へ引き寄せる力で、『こういう仕事がしたい』という気持ちです。人事の研究でも離職はこの押す力と引く力に分けて語られます。大事なのは、この二つが同じ物差しの上にないことです。
たとえ話をすると、不満は『雨漏りする家から出たい』気持ち、志向は『日当たりのいい家に住みたい』気持ちです。雨漏りが直れば出たい気持ちは消えますが、それで日当たりのいい家が手に入るわけではありません。逆に、いい家に憧れても、今の家が快適なら急いで引っ越す理由にはならない。二つは別々に動くのです。
この『満足と不満は別物』という考え方は、心理学者フレデリック・ハーズバーグの二要因理論として知られています。彼の研究では、給料や労働条件・人間関係といった要素は、不足すると強い不満を生む一方、満たされても『不満がない』止まりで、やる気や満足そのものは生まないとされました。満足を生むのは、達成感や成長、仕事の面白さなど、別の要素だというのです。
人事・組織の分野でも、人が仕事を変える理由は『押し出す力(プッシュ要因)』と『引き寄せる力(プル要因)』に分けて研究されてきました。今の会社の中に嫌な要因があって出ていく場合と、外に強い魅力があって移る場合とでは、動機の質がまるで違う、という見方です。
つまり、不満を消すことと、志向を叶えることは、別々の作業だということ。ここを一緒くたにすると、『不満を解消したかっただけなのに、大きく環境を変えてしまった』というズレが起きます。次は、実際に人が何をきっかけに辞めているのか、公的なデータで確かめてみましょう。
図解
『辞めたい』にひそむ二つの力
同じ『辞めたい』でも、向きがまるで逆です。
みんなは実際、何がきっかけで会社を辞めているの?
厚生労働省の令和6年雇用動向調査では、前職を辞めた個人的な理由の上位に、労働時間・休日などの労働条件、給料の少なさ、人間関係が並びます。いずれも『今の場所の嫌なところ』、つまり不満(押し出す力)です。多くの人は、まず不満に背中を押されて動き出していることがわかります。
厚生労働省が毎年おこなっている雇用動向調査は、日本全国の入職・離職の動きを追う公的な統計です。その令和6年の結果を見ると、転職して前の職場を辞めた人の理由(定年や契約満了などを除いた個人的な理由)は、労働時間や休日といった労働条件、給料の少なさ、職場の人間関係が上位を占めています。
並んでいる理由をよく見ると、そのほとんどが『今の職場のここが嫌だった』という不満、つまり押し出す力です。『やりたいことがあって移った』という引き寄せる力が前面に出るケースは、相対的に少数にとどまります。世の中の転職の多くは、まず不満から始まっている、と読み取れます。
これ自体は悪いことではありません。つらい環境から離れるのは大切な自衛です。ただ、不満に押されて動くときこそ、注意したいことがあります。押し出す力だけで飛び出すと、『どこでもいいから、とにかくここじゃない場所へ』となりやすく、次の場所を志向で選べていないことがあるからです。
実際、勢いで転職したのに、しばらくすると前と同じ不満がぶり返す、という話は珍しくありません。環境は変わっても、自分が何を求めているか(志向)を言葉にしないまま動くと、似た場所を選んでしまいがちなのです。だからこそ、不満と志向を切り分ける作業が効いてきます。次は、その具体的なやり方です。
まず何をすればいい? — 不満と志向を三つずつ書き出す
最初の一手は、紙を用意して左右二つに分けることです。左の列に『不満』、今の場所の離れたい理由を三つ。右の列に『志向』、次の場所で得たいものを三つ。頭の中で考えるのではなく、必ず書き出します。三つずつと数を絞るのは、本当に効いているものだけを、あえて浮かび上がらせるためです。
やることはとても単純です。紙でもスマホのメモでもいいので、真ん中に線を引いて二列にします。左に『不満(今の場所の、離れたい理由)』、右に『志向(次の場所で、手に入れたいもの)』と見出しをつける。そして、それぞれ思いつくままに書き、多く出たら重要な順に三つへ絞ります。
頭の中だけで考えないのがコツです。頭の中では、強い感情ほど大きく見えて、全体のバランスがつかめません。書き出して目の前に並べると、『不満は具体的にたくさん出るのに、志向はぼんやりしている』といった、自分の状態が客観的に見えてきます。この気づきが、判断の出発点になります。
書き出す作業そのものが苦手なら、赤羽雄二さんの『ゼロ秒思考』が参考になります。一つのテーマについて一枚一分で書き殴る、という単純な方法で、頭の中のもやもやを言葉にする訓練になります。転職の迷いのように、感情が絡んで整理しにくいテーマほど、書き出しの効果は大きくなります。
三つに絞るのは、あえてです。十も二十も並べると、どれが本命か分からなくなり、また頭がぐるぐるし始めます。『どうしても外せない三つ』に削ることで、自分を本当に動かしている核が残る。まずは今日、この二列三つずつのメモを作ってみてください。次は、書き出したものの読み解き方です。
図解
今日の一歩:不満と志向を三つずつ
頭で考えず、紙の上で切り分けます。
- 01① 紙を二列に分ける真ん中に線を引き、左を『不満』、右を『志向』と見出しをつける
- 02② 思いつくまま書く左に今の場所の離れたい理由、右に次の場所で得たいものを出す
- 03③ 三つずつに絞る多く出たら重要な順に三つへ。本当に効いている核だけを残す
読みかけの記事は、この下に続きます
書き出したあと、どう読み解けばいい?
読み解きの鍵は、二つの列にそれぞれ別の問いを当てることです。左の不満には『これは今の場所で減らせないか』。右の志向には『それは転職先で本当に叶うのか』。不満だけで動くと、場所を変えても同じ不満に戻りやすいのです。志向まで見て初めて、動く価値が本当にあるのかを判断できるようになります。
まず左の『不満』の列を、一つずつ『これは今の場所で減らせないか』と問いながら見ていきます。人間関係なら部署異動や座席の変更で変わるかもしれない。労働時間なら働き方の相談や役割の調整で軽くなるかもしれない。転職しなくても手が打てる不満が意外に混じっている、と気づくことがあります。
次に右の『志向』の列を、一つずつ『それは、その転職先で本当に叶うのか』と問います。憧れの職種でも、実際の仕事内容や環境を調べると、思っていたものと違うこともある。志向は、書いた時点では願望のままなので、叶う場所かどうかを具体的に確かめる工程が要ります。
ここで先ほどのハーズバーグの話が効いてきます。不満(労働条件や人間関係など)は、解消しても『不満がない』状態になるだけで、やりがいや満足まで自動的には手に入りません。だから不満だけを理由に大きく動くと、新しい場所でも『嫌ではないけれど、満たされない』に戻りやすいのです。
逆に、志向の列がしっかり埋まっていて、しかもそれが今の場所では原理的に叶わないなら、それは動く強い理由になります。不満を消すためだけの転職なのか、志向を叶えるための転職なのか。二つの列を見比べると、自分の転職がどちらタイプかが見えてきます。次は、その見極めの線引きです。
結局、動くべきか残るべきか、どこで線を引く?
ひとつの目安は、志向の具体性です。右の列が具体的に埋まっていて、しかも今の場所では原理的に叶わないなら、動く価値は高いと言えます。逆に、不満ばかりが並んで志向がほぼ空欄なら、まず今の場所で試せることがあります。辞める前に、異動や副業で志向を小さく試してみる手もあるからです。
判断の目安はシンプルです。右の『志向』の列が具体的に埋まっていて、その中身が今の会社では構造的に叶わない——たとえば扱う商材や事業そのものが違う——なら、転職は前向きな選択になります。志向という引き寄せる力で次を選べているので、同じ不満に戻るリスクも小さくなります。
反対に、左の『不満』ばかりが並び、右の『志向』がほとんど空欄なら、いったん立ち止まる合図です。今つらいのは本当でも、次に何を求めるかが定まっていない。この状態で勢いだけで動くと、行き先を志向で選べず、似た環境を引き当てやすくなります。まずは今の場所で減らせる不満から手を打つのが得策です。
『でも、志向を試す前に辞めるのは怖い』——その通りです。だからこそ、辞める前に小さく試す道があります。社内での異動や役割の変更、あるいは会社員のまま副業で志向の方向を試すやり方です。motoさんの『転職と副業のかけ算』は、退路を残しながらキャリアを広げる考え方の参考になります。
リンダ・グラットンらの『LIFE SHIFT』が描くように、これからは一つの会社で勤め上げるより、長い職業人生の中で何度か仕事を選び直すのが普通になります。だからこそ、一回の転職を『えいや』で決めるより、不満と志向を切り分ける物差しを持っておくことが、この先ずっと効いてきます。
それでも迷いが消えないときは、どう考える?
最後の確認は、『一年後の自分が、どちらをより後悔しないか』という問いです。焦って今すぐ決めなくて大丈夫です。不満は時間が経つと薄れることもありますが、志向は書き留めておけば消えません。今日の一歩は、不満と志向を三つずつ書き出す、あの一枚のメモを作るところから始めることです。
二つの列を見比べてもなお決めきれないときは、時間軸を足してみます。『一年後の自分が振り返って、動かなかったことと、動いたこと、どちらをより後悔しそうか』。今この瞬間の感情ではなく、少し先の自分の視点に立つと、目先の不満に振り回されない判断がしやすくなります。
急いで結論を出さないことも、立派な判断です。不満は、忙しさの波や一時的な人間関係で膨らむことがあり、時間が経つと薄れる場合もあります。一方、志向は、書き留めておけば消えません。だから、迷ったら『志向のメモを残して、少し様子を見る』という選択があっていいのです。
大事なのは、迷いを『決断力のなさ』として責めないことです。迷うのは、あなたが自分のキャリアを真剣に扱っている証拠でもあります。不満と志向を切り分ける物差しさえ持っていれば、今日結論が出なくても、次に迷ったときの考え方は、もう手の中にあります。
まずは今日、紙を一枚。真ん中に線を引いて、左に不満を三つ、右に志向を三つ。それだけで、ぐるぐる回っていた頭が、少し静かになります。転職するかどうかの答えは、その一枚のメモを眺めるところから、ゆっくり形になっていきます。
図解
列ごとに、別の問いを当てる
書き出したメモは、二つの問いで読み解きます。
- 01不満の列に問う『これは、今の場所で減らせないか』。異動や役割変更で手が打てる不満もある
- 02志向の列に問う『それは、その転職先で本当に叶うのか』。願望のままにせず具体で確かめる
- 03一年後の自分に問う『動く・動かない、どちらをより後悔しないか』。焦って今すぐ決めなくていい
③ 道具
おすすめの商品

ゼロ秒思考 頭がよくなる世界一シンプルなトレーニング
Amazon で見る →
転職と副業のかけ算(会社員のまま始める)
Amazon で見る →
LIFE SHIFT ライフ・シフト(100年時代の働き方戦略)
Amazon で見る →
出典
参考にした情報源
この記事の内容は、次の一次情報・公式資料をもとにしています。気になる点はご自身でも確かめられます。
- Simply Psychology研究Herzberg's Two-Factor Theory Of Motivation-Hygiene
満足と不満は別々の要因から生まれるという二要因理論の解説
simplypsychology.org
- People XCD公的機関Employee Turnover: Push vs Pull Factors
離職動機を押し出す力(プッシュ)と引き寄せる力(プル)に分ける枠組み
peoplexcd.com
著者プロフィール

MANTA / 岩崎 正宏
映像とデザインで「伝わる」をカタチに。
中堅飲食グループの広報・マーケをしながら、UNLEASH TALENT で映像制作とデザインを手がけています。大事にしているのは「伝わるか」。見た目のこだわりも、AIを使った効率化も、ぜんぶ"伝える"ための道具です。YouTube(@MantaTV)、長福寺の次期住職、4歳の娘の父——いろんな顔で、現場で本当に効いたことだけを書いています。
