どのお客さんにも同じように丁寧に。同じ案内を送り、同じ値引きをする。多くの店や会社で当たり前の心がけです。ウォートン・スクール教授ピーター・フェーダー氏の『カスタマーセントリシティ 「正しい顧客」に集中する経営戦略』(ダイヤモンド社)を手がかりに考えます。限られた時間と予算を誰に向けるか、その判断は何を根拠にしているでしょうか。本をきっかけに仕事を見直す連載「10分読書」、3回目です。
「お客様は神様」の続き
「お客様は神様です」という言葉は、日本の商売の心がけとして長く使われてきました。どのお客さんにも誠実に向き合う姿勢は、もちろん大切です。ただ本書は、この顧客観そのものを根本から問い直すところから始まります。誠実であることと、全員を同じに扱うことは、同じ意味なのでしょうか。
著者へのインタビュー記事によると、本書は次の一文で始まります。
「顧客が常に正しいとは限りません」(ダイヤモンド・オンライン「顧客中心主義を実現するために大切なこと」2026年8月31日)
出版社の内容紹介も、本書を「お客様は神様だ」という日本企業の顧客観を根底から覆し、高い付加価値をもたらす顧客を見いだす戦略の本だと紹介しています。
同じ記事によると、著者は「顧客サービス」と「顧客中心主義」を別のものとして区別し、多くの企業がこの2つを混同していると指摘しています。誰にでも感じよく接することと、誰に力を注ぐかを決めることは、別の仕事だという見方です。

「正しい顧客」というものさし
本書のいう顧客中心主義とは、製品やサービスを、自社にとって最も価値の高い顧客のニーズに根本的に合わせる戦略のことで、目指すのは長期的な利益だといいます。そのものさしになるのが顧客生涯価値(CLV)です。一人のお客さんとの今後の関係が、どれほどの経済的な価値を生むかを考える考え方です。
「それは、長期的な利益の向上です。」(本書より。監訳者の会社プレイドの特設ページの引用による)
公開されている目次は、製品中心主義の「基盤に生じた亀裂」から始まり、顧客中心主義、顧客全体の価値を合計した顧客エクイティ、顧客生涯価値、そして顧客関係の管理(CRM)へと進みます。
監訳者の会社による紹介文は、本書の考え方を「すべての顧客が等しく利益をもたらすわけではない」とまとめています。
顧客生涯価値が「将来の経済的価値」を見るものだとすれば、付き合いの長さや購入回数だけで、力を注ぐ相手が決まるわけではないと読めます(編集部)(本書の内容・購入情報を見る)。
図解
何を起点に考えるか
公開資料をもとにした編集部の整理(本書の定義そのものではありません)
記録から、仮説を立てる
ここからはTalent Stackの読み解きです。本書の考え方を、小さな店や会社に置き換えてみます。いきなり難しい計算をする必要はありません。まず、お客さんごとの注文額、繰り返し利用する間隔、対応にかかった時間を並べてみる。長年の取引先だけでなく、最近付き合いが始まった相手も同じように見ていきます。
これは顧客生涯価値の計算そのものではなく、誰との関係を育てたいかを考えるための準備です。並べてみると、手間の割に注文が少ない相手や、付き合いは浅くてもこれから伸びそうな相手が見えてきます。
次に、育てたい相手が何に困っているかを確かめ、商品や提供の仕方で変えられることを一つ選びます。変えた後の反応と、自社の負担を記録する。手間を増やし続けるかどうかは、その結果から見直します。
著者はインタビューで、顧客は無数にいて「一人ひとりが異なる神様」だと語り、違いを認めることは多様性への敬意であり、全員を平等に扱うより効果的だと述べています(ダイヤモンド・オンライン「顧客中心主義を実現するために大切なこと」2026年8月31日)。
同じインタビューで著者は、顧客管理やDXへの投資について問われ、何を優先し、どこに投資し、効果をどう測るかを考えなければ成果は出ないと話しています。さらに、正しい出発点は企業文化だと述べています。それが自分たちの利益になる全社的な戦略だと社員に納得してもらい、全員が同じ方向を向くことが土台になるといいます。
※この章の進め方は、編集部による実践案です。

育てたい相手を一人決める
冒頭の「同じ丁寧さ」に戻りましょう。全員に感じよく接することは、これからも大切です。そのうえで、時間と予算を厚くかける相手は、何となくではなく根拠をもって選ぶ。まずは記録を見ながら、今後の関係を育てたいお客さんを一人決め、その理由と試すことを書き出してみてください。紙でも十分です。
「今後の関係を育てたいお客さんは____。そう考える根拠は____。その人に合わせて試す提供の仕方は____」
根拠の欄がすぐ埋まらなければ、それが今日いちばんの発見です。記録が手元にない場合は、誰が、いつ、何を頼んでくれたかを残し始めるところからです。
どのくらいの期間の記録を見るかは、業種によって取引の間隔が違うので、自社に合わせて決めてください。
本書が投げかけるのは「どうすれば全員に好かれるか」ではなく、自社にとって大切なお客さんを何で決めるか、という問いです。その答えが、手間と予算の行き先を決めます。
図解
お客さんへの投資を、小さく確かめる
編集部による実践案(顧客生涯価値の計算手順ではありません)
- 01記録する注文額・利用間隔・対応にかかった時間
- 02仮説を立てる今後の関係を育てたい相手と、その根拠
- 03一つ試すその相手に合わせて提供の仕方を変える
- 04確かめる反応と自社の負担を記録し、配り方を見直す
読後の要点
全員を同じように扱うことが、最善の顧客対応とは限りません。本書は、自社にとって最も価値の高い顧客を見極め、そのニーズに製品やサービスを合わせることを顧客中心主義と呼び、長期的な利益を目指します。ものさしは、今後の関係が生む価値(将来の経済的価値)です。小さな会社なら、記録から仮説を立てて確かめることから始められます。
この記事で取り上げた本
この記事は、出版社が公開している内容紹介・目次・試し読みや、公開された書評・インタビューなど、公開されている範囲をもとにしています。続きは本書で読めます。
カスタマーセントリシティ 「正しい顧客」に集中する経営戦略
Amazon で見る →
参考にした情報源
本記事は、出版社が公開している「はじめに」・目次・内容紹介と公開書評をもとに構成しています。身近な仕事への置き換えは編集部の解釈です。
著者プロフィール

岩崎正宏 (MANTA)
関西の飲食企業で広報・マーケを担当。映像制作・写真・SNS運用・AI活用の実務
中堅飲食グループの広報・マーケをしながら、UNLEASH TALENT で映像制作とデザインを手がけています。大事にしているのは「伝わるか」。見た目のこだわりも、AIを使った効率化も、ぜんぶ"伝える"ための道具です。YouTube(@MantaTV)、長福寺の次期住職、4歳の娘の父——いろんな顔で、現場で本当に効いたことだけを書いています。
